レヌ・アロラについて

スパイスでおいしく、心身ともにすこやかに。
それが私の願いです。

レヌ・アロラからのメッセージ

レヌ・アロラ

インド料理というと、日本人の方はカレーを思い浮かべます。しかし、それは汁をともなった料理全般を指す言葉です。カレーの語源はタミール語で、「スパイシーなソース」を意味する「kari」なのです。
この「スパイシー」という言葉はインド料理にとって大変重要な言葉です。なぜならインド料理の基本技術は、異なった数種類のスパイスの微妙で繊細なブレンドにあるからです。
スパイスは料理に独特な味わいをもたらすだけではなく、体の調子をととのえ、病気や体の不調を防ぐ大きなパワーを持っています。さらに私たちの精神安定にもプラスの効果をもたらすことがわかっています。

私はインド北部で育ちました。
そこではムガール人が伝えてきた料理が一般的だったため、私が母から教わった料理はムガールスタイルのものでした。家族の健康を大切にする母の料理はスパイスを上手に使ったレシピが中心でした。カレーに含まれているいろいろなスパイス(クミン、コリアンダー、ターメリック、レッドペッパー、ガラムマサラ etc…)は、それぞれ香りや味を料理に加えるだけではなく、漢方薬的な役目も果たしています。たとえば便秘、二日酔いには「ヒング」や「アジョワンシード」が効果的ですし、のどにいいとされる「カーダモン」入りの紅茶は風邪に効果的であることが知られています。

もうひとつインド料理の基本的な考え方をご紹介しましょう。
「インド料理は、低い熱で長い時間をかけることによってより一層おいしくなる」というものです。流行りの言葉で言えば「スローフード」なのです。私はスパイスの効用や料理方法を日々の生活の中で母から学びました。私が母から学んだ料理の数々とスパイスのよさを日本の皆様に伝えたいと思い、さらにホテルなどで研修を積んで「アロラインド料理学院」を設立し、今日に至っています。

インド家庭料理をごいっしょに学んでみませんか?

レヌ・アロラのプロフィール ― 家庭料理からホテルの味まで

独特で多彩なおいしい料理を展開してこられたのは、
たたき込まれた北インドの母の味とスパイス使いに加え、
ホテルのレストランなどで学び続けてきた経験と、熱意があるから。

  • インドボンベイ(現ムンバイ)出身。6歳の頃から母親にインド家庭料理を教えられ、自身も料理好きに。国際都市のボンベイには各地の料理を提供するレストランが集まることから地方料理、また屋台料理もよく食べていたという。

  • 来日。日本人がインド料理=カレーとしか考えていないのを知り、インド料理とスパイスのよさを教える道をめざすことを決意した。

  • インド料理をあらためてきちんと習得するために帰国し(当時専門学校はなかった)、ボンベイの5つ星ホテル、オベライ・シェラトン(現オベライ・タワーズ)の厨房に女性として初めて入り、プロの調理人がつくる傍らで料理を学ぶ。当時、女性は厨房に入っても相手にされず、1~2日で逃げ出してしまう人がほとんどだったという。しかし、インド料理をきちんと学びたいという信念は固く、調理人といっしょになって料理の仕込みなども手がけ、子どもを実家にあずけて正味9ヶ月間、同ホテルに通った。最後はシェフに見込まれ、ホテルを去った後も同シェフが業界を退くまでは氏のとりはからいで5つ星ホテルのレストランへの出入りを許可された。

  • 1年弱のインド研修ののちにご主人の働く日本にもどる。横浜の自宅でインド料理を教えはじめ、以来講習会、料理教室、テレビそのほかの媒体を通じてインド料理とスパイスの普及につとめる。

  • 東京品川に「アロラ・インド料理学院」を開設。
    レシピの完成までに納得いくまで時間をかけるなど、味を追求する姿勢はプロそのもの。出身地北インドの家庭料理のほか、地方料理や屋台料理、レストランの料理などを教えられるのも、インドでしっかり研修してきたレヌ・アロラならでは。

  • 過労(20年間朝5時から夜の10時まで働き続けた結果)により倒れたが、あらためてスパイスの力を信じて復帰。現在に至る。

著書に、『カレー&スナック』『COOKING WITH CURRY』(ともに主婦の友社)、『私のインド料理』『インド スパイス料理』『アロラさんのスパイシーベジタブル料理』『決定版 レヌ・アロラのおいしいインド料理』(以上柴田書店)がある。著書についての詳細はこちら

教室でのレヌ・アロラ

教室でのレヌ・アロラ。
下の写真は、若き日にインドツアーを企画し、生徒さんたちをボンベイ(現ムンバイ)の実家に案内したときのもの。
右から2番目は料理を教えてくれた母親。

ムンバイでのレヌ・アロラ